なぜ体育教員がにほんのものづくりに関わると決めたのか? vol.1

ども!尊央(Takahiro)です

今回は全2回にわたって『にほんのものづくりに関わる!』と決めた理由を書く。

5歳の頃から高校卒業までプレイヤーとして本気でサッカーに向き合い、大学時代は指導者としてサッカーに向き合った。

小さい頃から本当にサッカーしかしていない。

さらに大学卒業と同時にJICA海外協力隊として中東ヨルダンで体育教員をやった。

頭にはスポーツしかない。

一体どこに、にほんのものづくりの要素があるんだ?

にほんのものづくりに興味など全く持ったことはなかった。

だから、今の自分にとてもびっくりしている。

なぜにほんのものづくりに関わることを始めたのか?

そこには”きっかけ””気づき”がしっかりとあったのだ。

目次

きっかけは硯(すずり)!?

硯(すずり)はまるで芸術品!!!

2020年9月、自分は山口県にいた。

母の誕生日が1週間後にせまっていた頃だ。

プレゼントが決まっていなくて何を贈ろうか考え込んでいた。

そんなとき、山口県に『赤間硯(あかますずり)』という伝統工芸品があることを知った。

母は昔から書道の先生をやっている。だから全てが結びつくようにプレゼントにぴったりだとひらめいたのだ!

すぐに販売店や価格、特徴などを調べた。

「堀尾硯工房」

調べていると宿泊していた山口県下関市に赤間硯の工房があることを知った。

買うか買わないかは置いといて早速足を運んでみた。

これは本当に硯なのか!?

工房内に並んでいる硯を見ていたら思わずそう口にしてしまった。

硯(すずり)と聞いてまず思い浮かべるのは写真のような形ではないだろうか?

プラスチック性などで持つと軽い。

学校の授業などでも使うよくある硯だ。

しかし堀尾硯工房の硯をみて欲しい!!

石を細かく削って作られた模様。

さらに持ってみるとずっしりとした重さを感じる。

そしてつい撫で続けてしまうくらい表面はツルッツルである。

ほんとに書道用具なの? 作品じゃん!

心からそう思った。

そして、硯に全く興味もこだわりもないはずの自分なのに、

なぜか心の奥の方からときめきのようなとてつもないワクワクが湧き上がってくるのをものすごく感じた。

硯職人さんとの出会い

堀尾硯工房の硯職人・堀尾信夫さん。

今いる数少ない赤間硯職人の一人だ。

工房内にある硯は全て堀尾さんが作成している。

何も知らない自分に対して堀尾さんは硯に関することや思いを作業の手を止めてまで本当に丁寧にたくさんお話ししてくださった。

模様を作る様子。作っている模様について説明してくださった!

削る作業を何度も何度も繰り返して少なくても10日、ものによっては月単位かかる作品もあるという。

手間と時間と素晴らしい技術がつまった作品ということが本当によくわかる。

そんな堀尾さんが嬉しそうに話す姿が忘れられない。

『こんなに若い人が来てくれて嬉しい』

本当に嬉しそうだった。

あったかい気持ちになったし、とてもほっこりした。

そして何よりその姿を見ている自分が嬉しくなった。

しかし、

『硯職人はもう少ない。需要も少ない』

『原料となる石を採掘する人はもうほとんどいない』

そんな言葉と同時に寂しそうな感情も少しだけ感じとった。

嬉しそうに色々なお話を伝えてくださる姿。

寂しいこともあるということも伝えてくださる姿。

堀尾さんの表情や言葉、そして素晴らしい技術に触れて、

言葉にすることがすごく難しいけど自分の奥のほうでずっと眠っていた何かが目覚めるような感覚になった。

日本のものづくりを絶対に無くしてはいけない

勝手にそんな使命感にかられていた。

思いが届いた瞬間

母の手元に硯と思いが届いた瞬間

工房の硯を実際に見て、作っている工程も見て、さらに堀尾さんの思いも聞いてすぐに買うことを決めていた。

硯をただ渡すのではなく硯ができるまでのストーリーや堀尾さんの思いものせて母にプレゼントしたいと思ったのだ。

丁寧に丁寧に包装してくださる堀尾さん

堀尾さんは最後まで丁寧であたたかい。

硯を包み桐箱にいれてハンコをおす。

そして定規を使いながらmm単位でズレがないように、一枚一枚文字を版画で自ら刷ったオリジナルの包装紙で包んでいく。

思いを込めるようにどこまでも丁寧な作業だった。

この硯がどのように出来ているのか、

どんな人が作っているのか。

堀尾さんの技術と思いを硯とともに母に届けた。

たくさんのストーリーが詰まった硯を手にした母はとても嬉しそうだった!

母の嬉しそうな姿、ストーリーに驚く姿を見て、

自分もとても心があたたかくなった。

まとめ

にほんのものづくりに興味など全く持ったことはなかった。

そんな自分がにほんのものづくりに関わると決めた背景には”きっかけ””気づき”があったと最初に話した。

今回書いたことはその”きっかけ”の部分である。

硯に出会い、硯職人の堀尾さんとの出会いがにほんのものづくりに関わると決めたきっかけだ。

もし山口県にいなかったら?

もし母の誕生日が近くなかったら?

もし赤間硯という名前を見ていなかったら?

どれか1つでも当てはまっていたら今の自分はいない。

タイミングってほんと大事だな〜とたびたび思わされる。

さらに今回に関しては偶然が重なって起きたタイミングを逃さずにキャッチ出来たことが大きいと思っている。

次回書く”気づき”の部分とリンクするのだが、

「なぜキャッチ出来たのか?」を考えたときにそこには明確な理由があった。

そのへんを次回ゆっくり書こうと思う。

お楽しみに!

続く…

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この記事を書いた人

足袋の町、埼玉県行田市で生まれ育つ。
海外から帰国後、日本のものづくりに心を奪われ続ける。
歴史や背景などのストーリーがあるもの、作っている人の思いが詰まっているもの、こだわりで溢れているものに心が熱くなる。
服、旅行も好き。そして人の笑顔も好き!!

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