韓国の鍮器

韓国の伝統工芸品の1つ「鍮器」を知ることは韓国文化を知ることでもあるのではないか。銅と錫という素材の絶妙な組み合わせによって生み出される器は数世紀にわたり韓国の日常生活の中に根付いてきた。今回は、韓国の鍮器文化と代表的な産地である安城で作られる鍮器に迫り、その魅力と背後にあるストーリーを見ていく。

目次

鍮器とは

特徴

鍮器は、銅と錫の絶妙な配合で溶かし、混ぜ合わせて作られる。銅が78%、錫が22%という割合が少しでも崩れると叩くと割れてしまい良い製品にはならないと言われている。

用途

鍮器は、食器から花瓶、燭台まで、様々な用途で使用されてきた。特に食器に関しては、装飾がないものから独特な形状や彫刻が施されたものがあり、韓国の伝統的な定食や韓定膳、家庭料理を支える重要な役割を果たしていた。

歴史

鍮器は、古代から現代まで韓国文化に深く根付いてきた。古代韓国では、鍮器は王室や寺院で用いられる貴重な品であり、その美しさと実用性から多くの人々に愛されていたという。また、鍮器は祭祀や儀式においても重要な役割を果たしており、その存在は韓国の歴史や信仰と結びついているようだ。

鍮器づくりの過去と現在

ソウルの南部に位置する安城(アンソン)は鍮器の産地である。ここで作られる鍮器は安城鍮器と言われ、かつては鍮器職人が軒を連ねて鍮器を製作していたが現在は1件のみが残っている。

産地について
「安城鍮器」

安城で作られる鍮器は「安城鍮器(アンソンユギ)」と言われ、かつては鍮器職人が軒を連ねて鍮器を製作していたが現在は1件のみが残っている。

安城が鍮器の産地になった正確な理由はわかっていないそうだ。ただ考えられる理由の1つに土地の利があげられる。

安城地域はソウルからバスで1時間ほどの場所にあり朝鮮王朝時代は地方からソウルにいく途中の要所にあり一大市場が存在していたということが関係しているようだ。

かつて、「鍮器1つで家が買える」とも言われるほど超高級品だった鍮器はソウルの貴族たちが使うことが多く一般家庭ではなかなか手が出ないものだったという。さらに地方では量が多くなる雑穀を食べていたので鍮器も大きいものを使っていたが、ソウルでは米を食べていたのでそれに合わせた小さくて精巧で高級感がある鍮器が人気だっだと言われる。

つまり名門貴族が多く一大消費地であったソウルに近く、作ったものを販売することが容易であったというビジネス的な側面と世の中が求める需要に対して応えることでの技術向上という2つの側面から安城が鍮器の産地になったと考えられる。

14人の手を通る鍮器づくり

安城鍮器を制作する様子。
 (국가무형문화재 제77호 유기장 김수영 선생 제작시연회 열려2020.08.22 https://www.photo-news.kr/news/articleView.html?idxno=1393)

鍮器作りの職人は集団をつくり特産地を形成したという。その1つが最大の産地となった安城であった

なぜ職人は集団を作ったのか。それは鍮器づくりの工程が関係する。溶かした真鍮を鋳型に流して冷却させる、型を外して表面の細部を整える、ピカピカに磨き上げる。鋳型職人、磨き職人、加工職人・・・・・。というように鍮器づくりは14人の職人による共同作業で進めていく。14人の職人が揃って初めて成立する世界で1人でも欠けると作業工程はストップするという難しさがあるのだ。

鍮器作りを継続していくためには少なくても14人の職人を雇わなければならないという苦労があり、さらに各工程の技術者が少なくなっているということもあり鍮器づくりの工房は少なくなり、安城でも1件だけになってしまったのである。

素材による鍮器の難しさ

韓国で使用されていた真鍮の食器。変色するため磨く必要があった。
(蔚山博物館所蔵,유기일괄,,https://www.emuseum.go.kr/detail?relicId=PS0100308700101342500000よりアクセス可能)

輝きを保ったまま鍮器を使うためにはお手入れが重要になる。鍮器は練炭や石炭などの煙を浴びると黒ずんでしまったり、空気との反応により緑青(ろくしょう)と呼ばれる変色を起こしてしまうからである。そのため使用後は器を磨かなくてはならず、かつては女性たちが日当たりの良いところで鍮器を磨く姿は韓国ならではの光景だったほど生活の中の根づいていたそうだ。

朝鮮戦争後に燃料政策が加わり、木を伐採できなくしたため炭を手に入れることが難しくなり家庭の燃料も練炭や石炭に変わった。その練炭や石炭の煙によって家庭で使っている鍮器は黒ずみや変色で使うことができなくなってしまう。そのため鍮器は生活のなかから少しずつ敬遠されるようになり、使いやすいステンレスやアルミニウムが主流となり鍮器は生活の道具から骨董品のような立ち位置に変わっていったのである。

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この記事を書いた人

足袋の町、埼玉県行田市で生まれ育つ。
海外から帰国後、日本のものづくりに心を奪われ続ける。
歴史や背景などのストーリーがあるもの、作っている人の思いが詰まっているもの、こだわりで溢れているものに心が熱くなる。
服、旅行も好き。そして人の笑顔も好き!!

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