銀色のお箸に銀色のスプーン。銀色の器に盛られた白いご飯。
韓国で食事をするときによくみる光景だ。普段の食事では木のお箸と陶磁器の器を使って食事をすることが多い日本人にとって食卓にステンレス食器が並ぶ光景はあまり一般的ではない。
韓国の文化なのだからと言ってしまえばおしまいなのだが、なぜ韓国ではステンレス食器なのかというところを紐解いていくと韓国の歴史が見えてくるのではないだろうかと思った。
今回はステンレス食器という角度から韓国がこれまでどのような歴史を辿ってきたのかを覗いてみる。
ステンレスとはどんな素材か
意味
スプーンやフォーク、炊飯器の内側など日常の中で必ずと言ってよいほど接しているステンレスのもの。ステンレスとはそもそもどのようものなのかと言われるとよくわからない。そこでステンレスについて調べてみるとこのように出てくる。
ステンレス:英語で「Stainless Steel」と言い、“さびにくい鋼”という意味です。
(※ステンレス協会 http://www.jssa.gr.jp/contents/about_stainless/参照)
つまりステンレスとは銅の1種であるのだが、銅とステンレスはなにが違うのだろうか。ステンレスができる流れをざっとまとめると以下のようになる。
①金属の1種である「鉄」はもろくて酸化しやすく加工しずらい。
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②なので鉄を熱して炭素量を増やして「鋼」になる。しかし鋼は強度は増すが錆びやすい。
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③そこで銅にクロムという素材を加えると鋼の表面に膜ができてさびにくい素材、それがステンレス。
ステンレスとは金属の一種である銅に物質を加えて錆びづらくしたものということがわかる。
ステンレスの特徴
ステンレスには大きく以下3つの特徴がある。
①錆びにくい
②耐熱性と保温性がある
③加工が難しい
なぜ韓国でステンレス食器が大衆化したのか
韓国で錆びにくいステンレス食器が使われるようになった背景を探っていくと、戦争や政策など韓国の歴史が大きく関わっているということが見えてきた。また、ステンレス食器が一般的になるまでに日本が関わっていたということも見えてきた。
情勢や経済によってその土地で生活を営む人々の生活は時に大きく変化する。その変化によって人々が使用するものも変化し結果いつの間にか使われなくなったり、新しいものがあたりまえになったりする。韓国のステンレス食器はまさにこの流れだ。
ここからは、韓国でステンレス食器が大衆化した背景を4つの切り口からみていく。
国から金属が消える。
植民地時代
韓国でステンレス食器ではなく陶磁器が一般的に使用されていた時代がある。1910年〜1945年の約35年、韓国が日本の植民地であった時代(韓国併合)だ。日本が朝鮮半島を植民地化していたこの時代には一般的な家庭では陶器が主流だったようだ。
韓国では青銅器文化が古くから根づき、朝鮮時代に真鍮で多くの日用品を作った。合金技術も発達し、用途に合った優れた真鍮を使っていた韓国にはたくさんの真鍮の食器があり宮廷などの上流階級から始まり一般的な家庭でも真鍮や銅などの食器を使用していた。
しかし、太平洋戦争が終わりに近づくころ、物資が不足してしまった日本は「供出(きょうしゅつ)」を行なった。供出とは軍需生産のために人々から金属類を回収するなど国からの要請により物資を差し出すことである。朝鮮半島にはたくさんの真鍮などの食器があることを知っていた日本は韓国各地の家庭から真鍮食器を回収し、回収したものを武器や銃弾、飛行機などの生産の材料にしたという。
こうして真鍮食器が韓国の家庭から消え、戦時中の韓国の家庭では陶磁器が使われることが一般的となったのである。
陶磁器は不便である。
朝鮮戦争時代
1945年の終戦とともに日本から解放された韓国だったが、現在の北朝鮮と対立により1950年〜1953年に朝鮮半島を舞台に朝鮮戦争が起こってしまった。物資が不足する状態が続き、戦果を逃れるために移動すること多かった当時、陶磁器は割れやすく重く持ち運びに不便なため、軽くて丈夫なステンレス製の食器が使われるようになった。また、以前使われていた真鍮などの銅製品は銅の価格が高騰し作れなくなったのもありステンレスが普及したのも要因のようだ。
ステンレス食器が女性を助ける
韓国では真鍮の器が使われていたのだが、真鍮の食器は変色しやすいという特徴がある。空気に触れたり水分が加わることで緑青(ろくしょう)と呼ばれる緑色に近いサビがでてくる。真鍮の輝きを保たせてサビを防ぐためには日頃からよく拭いて磨くというお手入れが欠かせない。
儒教文化である韓国では女性が家事をすることがほとんどで食卓の準備から片付けまで行なっていた。食事をする道具である以上やはりどうしても清潔で綺麗であることは必ず求められる。ましてや宮廷などで上流階級の方などに対して食事を担当する女性は一般家庭の女性よりもさらに神経を使ったのではないかと想像できる。
清潔で綺麗な状態を保つには真鍮の食器は日々のお手入れが不可欠であり女性の仕事が増えて負担になっていた。そこでサビづらくて変色しにくいという特徴を持つステンレスの食器が使用されるようになったのだ。
ステンレス食器が国の政策に
1960年代後半になり食糧需給が不安定になった韓国は、食器を制限するという政策を実施したと言われている。飲食店に対して器の大きさを規定しご飯の量を制限するという方法だ。
違反した飲食店は営業停止などの罰則を設けて、陶磁器よりも大きさが一定なステンレス食器を使いご飯の量を制限することで半強制的にステンレス食器が飲食店で広まった。さらにステンレス食器が軽くて丈夫で飲食店など大量に食器を使用するところでは何かと使い勝手が良かったというのもステンレス食器の大衆化が進んだ1つの要因になったと考えられる。
食器のサイズなどの詳細な情報について興味があればこちらの記事をぜひ。
参考資料
ステンレス協会 http://www.jssa.gr.jp/contents/about_stainless/
韓国 匙と箸の文化 (箸の文化 : ごちそうを口へはこぶ道具 : 世界一周「食具」の旅) 朝倉敏夫 AT:VES 60:27-29.pdf (3.0 MB)
韓国と日本の歴史教科書に描かれた近代の肖像 鄭在貞 https://www.jkcf.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/11/4-03j.pdf
朝鮮日報 BEMIL 일제의 조선인 놋그릇 공출 https://bemil.chosun.com/nbrd/bbs/view.html?b_bbs_id=10044&pn=1&num=214934
折尾女子経済短期大学論集 (33) https://dl.ndl.go.jp/pid/2639361/1/84
国民総力朝鮮聯盟 [編]『国民総力』6(16),国民総力朝鮮連盟,1944-08. 国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/en/pid/1388845/1/2
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